あなたにとって、戦争とは何ですか?

EYEAmWatchingとしての戦争への姿勢ー
「戦争のない社会へ」
戦争を取り巻く国際情勢が毎日報道される近年。
戦争を国同士のもの・国家間の争いという視点から注目することが多く、
市民として、1人の人間として、「戦争」を視る目を忘れていませんか?
そのことを思い出していただけるきっかけになればと思い、
#EYEAmWatching を発足しました。
発足 まこ
戦争を捉える視点-------------------------
”戦争”という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?
敵地に進む、兵士と戦車、武器でしょうか。空爆に恐れる人々、過去の記憶、
現在の国際情勢や、各国の覇権について想像する人もいると思います。
戦争に対してどう感じるか・捉えるかは、人によって様々です。
その中でも私たちは大きく分けて、2つの視点があると考えます。
一つは、「人」目線での戦争。一人の人間として、戦争に向き合う考え方です。
例えば、
戦争体験者から見ると、戦争はトラウマのように感じるかもしれません。
教育に従事している人にとっては、歴史からどう学ぶか、生徒にどう伝えるかという点に着目する人も多いと思います。
政治家の方々は、市民に情報を伝えていくとともに、これからどうしていったらいいか先頭に立って考えるでしょう。
そして、私たち若者にとっては、それは怖くて、未来への不安そのものです。
このように、それぞれの生き方によって見方は変わってくるでしょう。
「人」目線での戦争
「国際情勢や集団」目線での戦争
EYEAmWatchingが目指す世界
「戦争のない世界」を目指しています。
私たちは、達成のために
上記の視点に従って2つのアプローチが必要だと考えています。
具体的には、以下の2つです。
★戦争への意思を表明し続けること
★戦争をなくすための具体的な国際社会の指針を考えること
二つ目は、「集団」に目を向けた戦争です。
国ごとの立場から見た戦争
宗教的な視点から見たもの
歴史的な視点
民族的な視点
書き出してみると、普段報道で多く耳にすることだということがわかります。
私たちは、「人」目線で見ること・「集団」に目を向けた戦争 どちらもとても重要な考え方だと思っています。
ただ、報道でどうしても取り上げられがちな集団での視点について意識が行き過ぎて、
つい一人の人間として戦争について考えることを忘れがちではないでしょうか。
戦争のない世界へ向けて、実践的な解決策を見出すこともとても重要です。
しかし、国同士の対立関係や戦況について注目しすぎているうちに、
気づいたら戦争の存在が日常になりかねません。
自分が気づかないうちに、戦争が当たり前の社会になっている。そのようなことがないように、一人一人が戦争について考え、「反対」意識を表明することを忘れてはいけません。
このことを社会に今一度問いかけるために、個々の戦争への「眼差し」を通して思いを共有し、個人として戦争について考えるきっかけをつくりたい
と考え、EYEAmWatchingを運営しています。
二つのアプローチ-------------------------
★戦争への意思を表明し続けること
ー1人の人間として、社会の一員として
戦争は、市民の是非に関わらず、国同士の利害関係によって起こることが多いと思います。市民の意見が届いても届かなくても、戦争の直接的な影響(被害)を受けるのは自分たち市民です。
だからこそ、
個人としての戦争への素直な思いを忘れがちな世の中で
人視点での戦争について「考えて」「意志表示」し続けることで、
・戦争反対の意識が広がる
・個々が意思表明をし続けることができる社会(世界)
が達成できると信じています。
★戦争をなくすための具体的な国際社会の指針を考えること
ー社会という集団として
歴史背景・宗教的関係・政治的な国際情勢など自分から情報収集をして、
よりよい世界へと結びつけていくために「知って」「周りと話し合って」「選挙に行く」ことが大切だと考えます。
また、それぞれの職業でできることをしていく必要があると考えています。
例えば、
・教育に従事→状況説明や、情報収集の仕方を教える、関心を持つことの大切さを教える
・政治家→よりよい改善政策の思考と、国民への情報共有。国民の意見を取り入れること
・研究者→より良い社会システムの考案:国連の仕組みや、社会の仕組みについて
・法律関係→よりよい国際法の考案・戦争を最終手段から切り離す、など
が考えられます。
EYEAmWatchingとしての戦争への姿勢ー
